EPA/FTAにおけるISDS条項は帝国主義諸国と帝国主義に防衛された多国籍資本の武器である
TPP(Trans-Pacific Partnership)反対派のなかには、投資協定・経済連携協定におけるISDS(Investor-State Dispute Settlement、投資家対国家紛争解決)ないしISD条項をまるでアメリカ単独の陰謀のように吹聴する向きがあるが、的を外している。同条項が帝国主義総体(日本のような従属帝国主義も含む)に防衛された多国籍資本による世界的な経済支配のための武器だとするならまだ分かる。ISDS条項が二国間ないし多国間の締約に含まれる事態は、国内法が旧西側帝国主義諸国のようではない諸国に対する帝国主義の挑戦・侵略であり、新植民地主義の強化であるにすぎないとさえいえるからだ。
「途上国」の貿易・投資にかかわる法整備が「先進国」に比較して「遅れている」状況を「是正」するための取り決めとして、EPA(経済連携協定)、FTA(自由貿易協定)──あるいはBIS(二国間投資協定)・RTA(地域貿易協定)──交渉のなかでISDSに類する条項が強制されてきた実態(もちろん強制するのは「先進国」の側である)を見よ。「先進国なみにしてやる」といわんばかりのかかる条項の締約が帝国主義的な性格に貫かれていることはいうまでもない。実際のところ、投資や貿易にまつわる国際的な紛争処理機関が「整備」されてきたこの数十年間、投資家(投資機関)に提訴された国家の大半は「途上国」ないし「新興国」、あるいは旧東側諸国である。
ぶちまけていえば、ISDS条項とは、旧西側帝国主義諸国が「途上国」ないし「新興国」に対する、「おまえんとこがちゃんとしてねーから、うちんとこの投資家が不利益被ったらすぐに国際機関に提訴させっかんな」という縛りである。つまり締約当事国の国内法が、外国資本にとっての「公正かつ衡平な待遇」をはかることができない「保護主義」的な法体制であった場合に、紛争の舞台を国際機関(UNCITRAL、ICSIDなど)に移すことができるとする鉄鎖にほかならない。こうした恫喝的な取り決めは、IMF(国際通貨基金)が金融危機におちいった国家に対して融資を行う際の過激なコンディショナリティ(融資条件)の押し付けに似通っている。自由貿易なるものの自由とは、多国籍資本にとっての自由にすぎない。
国際機関にもちこまれた投資家対国家の紛争は2008年までに318件を数えるとされる(経産省「投資協定の現状と今後の進め方」)。しかし、米帝国主義に対して従属的ながら帝国主義の一員たる日本国家は、これまでに一度も訴えられたことがない。逆に多国籍金融資本たる野村証券(野村インターナショナル)のオランダにおける子会社(サルカ・インベストメンツ)がオランダ・チェコ二国間投資協定にもとづき、チェコ国家を紛争相手としてUNCITRAL (国連国際商取引法委員会)の仲裁規則による仲裁を申し立ててPCA-CPA(常設仲裁裁判所)を舞台に勝利したサルカ事件(*1)を数えることさえできる。EPA/FTAを締約する当事国において旧西側帝国主義諸国の法制度・秩序が模範的規範とされるのであるから、これは当然の帰結である。
もちろん日本政府がこの間すすめてきた各国とのEPA/FTAにおいても、ISDSに類する締約が含まれているケースが多々ある(日チリEPA、日インドネシアEPA、日ブルネイEPA、日メキシコEPA、日本スイスEPA、ほとんどのBIT)。TPPに反対する人間が、なぜすでに発効している諸協定の公開条文(*2)を読むこともせずに「アメリカの陰謀」だけを声高に叫んでいられるのか。
帝国主義的余裕をかます日本政府の現状を放置して、ナショナリスティックに「TPPの陰謀」を騒ぐのはもはや犯罪的だ。もちろん不当な経済支配策動の実態を暴露して反対するのは当然のことである。また帝国主義諸国が一枚岩であるわけもなく、激しい対立を伴いながら経済支配の競争を繰り返しているのも一面の現実だ。日本の共済・協同組合事業へのアメリカの攻撃もまたその表れである。しかし帝国主義本国人が反新自由主義者たらんとして騒ぐとするならば、まずもって比較的体力を残している帝国主義諸国の経済侵略が新たな段階に入りつつある凶事に対してであろう。そして日本が依然として資本輸出国である以上、日本における新自由主義への反対とはすなわち日本帝国主義の経済侵略策動への反対でなければならない。
(1)Saluka Investments B.V. v. Czech Republic
(2)経産省が「日本からの輸出でEPA/FTAを利用する-EPA/FTAの利用方法-EPA/FTA〜経済産業省対外経済政策総合サイト〜」でこれまでに締約したEPA/FTA条文を掲載している。
攝津正 15:41 28/10/2011 パーマリンク
noizさんの長文投稿を2つ拝読して幾つかのことを思いました。
1つはnoizさんの記憶力と論理構成力の確かさです。いろいろな出来事や言説はあるけれども、それを記憶(記録)し評価していくのは容易ではない。
2つめは運動はやっぱりたいへんだな、ということです。
私も運動をやめてしまったのですが、お金がまるでないというのが一番大きいのですが、精神的にも肉体的にも力が枯渇したと感じるということもあります。二和向台の外に出て他人と協働することがもう無理というか。他人や社会と関わることはしんどいし、そのために憎まれることも多い。そういった面倒がいやになったのです。
とはいえ、11/5にはbcxxxさんらのデモに顔を出してみようとは思っていますが、でもあくまでも、顔を出すレベルです。
noiz 20:19 28/10/2011 パーマリンク
わたしの記憶力はたぶんあまりあてになりまんよ……自分でいうのもなんですけど。だから単純な事実誤認だとか自分に都合のよい記憶の修正に対する批判・叱正があるといいなと思っています。主観的には自己救済のための記憶改変はしていないつもりなのですが、誤謬がないとはいえませんから。
記録を残そうとするのはわれながら執念深いせいなんでしょうね。とくに失敗したなーというときのほうが自分のなかに沈殿するようです。残念ながら文章にして対象化しようと努力しても、だいたい失敗からくるいやな感じは消えません。それでも他山の石になればいいんですけどね。
他人や社会とのかかわりが面倒だというのは分かる気がします。簡単に合意形成などといってくれるなというようなしんどさがあるので。
高橋良平 21:42 28/10/2011 パーマリンク
いやーこれまた懐かしい話ですね!!って回顧的ですいません。
それで僕も人身御供的に現場責任者やらされて車の助手席でY氏の隣に座ってました。たしかあれはピチカートファイブの小西氏が出演してたときだったと思います。個人的には労働組合のオルグのための工作という下心アリアリだったですけど、まあ左翼的にはそれ位が健全かなと今でも思っています。私の師匠であった自称プロレタリア詩人のA氏の手書きビラが好評でした。ほぼ成果なしだった、わけではないですが、本家のASCに集ってきた若者の数に比べればなきに等しいものでしたね。あ、でも、今から思えばASCあってのフリーター全般労働組合だったのだと思います。この企画をした某出版社のAさんありがとうございました。
しかし本当に嫌だったなぁ(笑)。パクられるのかなとドキドキしながら助手席に乗っていると、ミラーから無茶苦茶盛り上がっている若者の姿が見えて・・・。個人的には、理念とか趣旨とか正直?な部分が多くて、単細胞的な発想なんで反戦ならメット被って現地闘争だろというアナクロ的(この言葉便利!!)闘争形態しかなくて(本気でやるなら今でもこれが一番正しいと思っている。ただしHは本気ならBだろうと言っていた。彼がM大で青の影響からかなと思っていたけど、やっぱりAの影響なのかなと思う)、でも音楽関係者とかが楽しんで運動やってんならそういうのに協力できる部分は協力しようくらいの気持ちだった。蛇足すれば音楽は好きだけど歩きながら踊るのは阿波踊りとかなら分かるけど洋楽は少々無理があるように思えた。自分が不器用なだけだと思うのですが。
高橋良平 21:52 28/10/2011 パーマリンク
ほんで、その前にパクられていて、何か、どういう経緯か忘れたけど、自分的には弾圧されるとか、警察にやられるというのは悔しくてむかつくことで左翼の面子に関わることなので許せなくて、「気合が足りないからだ」と勝手に総括して、以下のことをした記憶があります。①事前に「弾圧したら徹底的に国賠やるからな」という内容の文書を内容証明書で警視庁と所轄に送った。②事前に弁護団みたいなものを結成したような気がする(←曖昧)。③デモ申請時に①、②のことを告げ、最初に「全部順法闘争(闘争という言葉は使わなかったかもしれないけど、要するに「何人パクられても絶対に引かない。法律を守って絶対に権力には妥協しない。弾圧があったら徹底的に闘うということを宣言していた)でやります。このデモ申の内容も全部記録取ります」と宣言。そしたらのっけから相手が切れててんやわんやに、上司に相談するとか言ってきたので「申請だけさせろ。公安委員会が審査するんだから警察は受理するだけなんだから邪魔するな。余計な仕事するな」と超原則的に対応。しかしお互い顔は知っているので、まぁまぁ、いやいやみたいなことが延々続いて6時間くらい渋谷署で揉めた。そういえば革○さんもちょうどデモ申請に来ていて、警備のおじさんに「あの人たちのほうが簡単に終わるよ」とボヤかれた。ある意味ノンセクトは現場的にはやりにくいのかもしれないと思いました(公安的には良い飯の種ですけどね)。
高橋良平 21:58 28/10/2011 パーマリンク
↑の文章の「ほんで、その前」の前とは前回のサウンドデモのことで自分のことではないです。もし混乱させたらすいません。
あと事前に会議で撮影係を大量に決めて(大量だったかな?)、全部記録しようということにして、あとQCにも応援お願いしたように思う。その節は大変お世話になりました。
それで当日。いやーまるで何もないかのように警備シフトがゆるゆるで、ほんで思いっきり車線とか無視して道路いっぱいに人が広がって、「DJとか楽しいんだろうなー」と思いながら後ろ見ると若者が楽しそうに踊っていて、私はY氏から「MADCOMMUNIST」と規定されていて、マルクス主義者でもあったので、「こんなんで世の中変わるのか?」と懐疑的だったのもあり、非常に、非常に複雑でした。
高橋良平 22:08 28/10/2011 パーマリンク
でもですね、当時から一貫して私がこのサウンドなんとやら(私のこだわりもあり第一回フリーターメーデーではサウンドシステムは後ろに行って貰いました。私はトラメガ担いでシュプレヒコールをあげるスタイルが好きなんです。あれは発声練習としてもなかなか良いですし、今でも好きです。でも心から思わないと叫べないという難点があるのですが)を支持している理由として2つの点があります。①路上における表現活動の自由がこれを機会に広がることは望ましいことであり、それだけでやる価値がある。②このスタイルが一旦であれ盛り上がった背景には、主に音楽関係者が政治的な主張と路上での演奏というスタイルで、普段とは違った演奏と盛り上がりを経験したことが大きいのではないかと思った。具体的には、路上でのストリートライブのような緊張感があったのではないかと思う。その緊張感は観客との緊張感だったのだと思う。観客をのせることが出来るかどうかは演奏者にとってはとても重要なことであるはずで、ハコモノや野外フェスとは違う緊張感が存在していたと思う。③それは多分偶然の産物で、本当のところあんまし反戦とかとは関係ないような気がするけど、別にそれは良いことだと思う。④お祭りのようなものだったし、人身御供のようなことは辛かったけど、ああいう形で渋谷を1周したのはなかなか楽しい経験だったと思う。なんかのパレードみたいに思う(ディズニーの終りころのパレードに近いんじゃないのかな?もしかしてイラク反戦のか??)。⑤④に関しては松田政男なら「反革命だ」と言いそうだし、言って欲しいと思うけど、多分今はそんな時代ではもうない。
以上です。
さようなら!!
高橋良平 22:17 28/10/2011 パーマリンク
ごめん最後に一言。Y氏は自分は「偉い」と思った。なぜなら彼はボランタリー精神が私よりも格段にあったからだ。私はアナが嫌悪する意味でのボル的な要素が過分ブンブンにあった(F労結成のための人狩り。ウヒョヒョ!KJさんごめん!M君ごめん!Iさんごめん!)のだが、彼はもっとシチュオニストがどうたらこうたらとかアナール学派が云々とか言って絶賛してた気がする。そういえば俺が現場責任者やらされたのも彼からの指名だったのかな?それで彼の方向性は私はボルだったので「ナンセンス!」となるのだが、彼は彼なのでそれで良いのかなと思った。そして彼とはアナール学派のごとく、一事を万事にすることをするし、それはある意味で確信犯でして、そのような左からの歴史修正主義を行う(それは新左翼であれ現代思想であれ同じかもしれないし、そういう発想の転換もまた必要なのかもしれないとも思う。網野善彦とか。)のも常套でしょう。でも、それも良いと思う。Y氏に関しては、ある意味身体張ってるし、一番ビビッと(vivit?)に反応していた。
少なくとも左翼的にはY氏は擁護しても良いと思う。市民社会的にはもちろんNGですが。
願わくばY氏が第二の松田政男にならんことを切に願う。
長文失礼しました。
noiz 22:34 28/10/2011 パーマリンク
そうそう弾圧のあとはあとで警察牽制するのに大変だったような。事前に警視庁に対して弁護士帯同で抗議したりとかやってたでしょう。ASCのときは申請にからんでなかったから詳細は忘れちゃったけど。
でもきみらにF労(準)的野望があって動いてたとは知りませんでした。てっきり知り合い芋づる式の合流かと思ってたけどフラク的にやってたのね……(苦笑)。こっちはとにかく「警察さんありがとう」じゃない反戦デモができればいいと思ってたのでイスト的野望で他人をオルグしようとは考えてなかったよ。そのころのスタンスとしては容共派(つまりアナキスト・コミュニズム)ですけど、党派性の違いはここらへんにあるんでしょうね。でもやっぱり「人狩り」前衛意識は受け入れられないぞ!
それから「左翼としてどうか」という観点はあまり関心ないんですが、「労」の視点からすればわたしはYのことは批判するしかないです。問題起こした零細店主として意固地になって労働基準法なんか関係ないって態度だったあたりはとうてい認められない。そんなの適法かどうか以前の問題で、あんな逆ギレしてたら労働運動だとか階級問題がなんだとかっていう資格ないと思いますね。このあたりのF労(準)の暗黒面はちゃんと総括しないとダメなんじゃないの。
高橋良平 00:10 29/10/2011 パーマリンク
暗黒でもなんでもないでしょ。スガ氏は拘ってたけどね。でもそれはY氏が嫌いだからじゃないの?それとも気合入れ?意味不明でしたよ。Y氏に対してはダメなものはダメで、まあ嫌々取ったけど。あと、Y氏は最初から路線的に異なっていた。でもY氏も共に労働相談とかしたんだよ。Y氏は途中から呼ばなくなったなぁ。なんでだろう。来なくなったのかな?まあスタ派の私とA氏の2人ですからねぇ。。
冗談はともかくY氏は途中からはF労とは関係ないので暗黒面でもなんでもないですよ。準備会結成時のメンバーであるというのが正確だと思います。私は準備会結成から組合結成までです。あとは知りません(笑)。NOIZ
さんには申し訳ないですけど、まあ例のごとくボロボロになってしまった感じですかね。でも大変だったんですよ!!本当に大変だったんです。あの苦労は半端じゃない。組織化するなんてもう本当にコリゴリですね。あー思い出しただけで苦痛です。悪夢です。新興宗教の方が簡単にオルグ出来ますよ。ま、その後有能な方々が引き継がれたようで組合的にはめでたしめでたしで良いのではないでしょうか?
オルグはね。左翼の運命(さだめ)です。特にボル派はね。オルグするのは礼儀だと思っていました。自分の主張が正しいと信じるならばオルグし合うのが正しいと。それは常時選挙しているようなものだと思っておりました。日々是オルグ。オルグと大衆運動は両立するものであると考えていました。全く失敗しましたが。あと、私的には集団主義的オルグは拒否してました(少なくとも組合とかでは。大学では多少してましたが・・・)。A氏もそのようなことは出来ない(協調性の問題など含めて)人だったので、組合のためのオルグは個人的にビラまきをする程度のもので、ただでビラ撒きも悪いし、知り合いだし、だったら協力して名前売ってビラもたくさん撒こうかなと思ったんです。良いんです。労働組合は大衆団体だからオルグしまくり当たり前です。大学の新入生歓迎のように考えていたのが間違い位のものです。ま、適当だったということに尽きるのかもしれないですけどね。
そういえばDOPのとき作ったビラ格好良かったなー。誰か持ってませんか??
攝津正 16:41 29/10/2011 パーマリンク
高橋さんって初期F労で一緒だった高橋さん? お久しぶりです。こっちはF労脱退してもう5年以上じゃないかなあ。カネ尽きて活動できなくなってしまった。
運動なり活動を持続するのってたいへんですよね。それができているnoizさんとかは偉いなあと思う。
政治なり社会運動やるのって情動というかパッションが必要だと思うけれども、それがないというか、枯渇している感じです。
高橋良平 17:24 29/10/2011 パーマリンク
摂津さんどうも。初期F労で一緒だったということですが、じつは私あんまり面識ないのです。多分ほとんど被っていないと思います。私の記憶違いでしたらすいませんが。運動や活動はやりたい、やらなければならないなど、行う理由は人それぞれでしょうから、あとは経済的な側面ですとか時間とかの都合でしょう。たしかにパッションが一番大切なのでしょうが。でも、それも人それぞれでしょうから、敢えて他人に言うことでもないような気がします。これも人それぞれでしょうが。ま、あんまり考えすぎないのが一番かなと思います。情勢は深刻ではないと思いますから。ではお体ご自愛ください。失礼しました。
攝津正 08:41 30/10/2011 パーマリンク
いや別にそちらが覚えていないとしてもいいですけれどもね。
話は変わるがTwitterで権田原米三さんが、転向問題は食い扶持問題が大きい、と書いていた。
私もそう思うのだけれど、どうかな?
こないだ会ったとき、塩見さんが、協同組合運動で食える運動をしながら~みたいなことを言ってたんだけど、協同組合(労働者協同組合)立ち上げるのってそんなに容易じゃないっていうのがNAMが頓挫した大きな原因じゃね?と思ってるんですが。
つまり世間的には地域通貨Qプロジェクトの紛争がNAMの解散原因だと思われており、その見方は一面正しいのだけれども、もう一つ、NAMでも余り表沙汰にならなかったこととして、「株式会社形態の生産協同組合」を謳った批評空間社の、社長の内藤裕治さんの癌による逝去による解散、という不幸なアクシデントがあったと思う。
あれがあって、NAMから企業創出というのが事実上、なくなってしまった。あの失敗体験は大きかった、と思っています。
まあNAMのことはどうでもいいんだけれども、生産協同組合、労働者協同組合って困難じゃねーの?と。QTさんやkickさんはそれに取り組んでいたけれども。
北条うらら 23:38 24/11/2011 パーマリンク
高橋さん、ネット上にあなたの不誠実な姿勢(の一部)を自ら晒してもらい助かります。
時には合意形成を破り、引っかき回し、そして仲間達に不信感を持たれれば、自らの選択でとはいえ
場を離れることになるのは必然だろうと思います。
また、使用者と一緒になって団交の当該が何回も吐くまで吊るし上げたり、団交の担当者にも関わらず
バックレたりした行動は重大な背信行為であるので、きちんと総括しなさい。
それと、あなたが語る組織化の「苦労」などDV男が語る「愛情」レベルのまやかし。
北条うらら 00:17 25/11/2011 パーマリンク
noizさん
あなたが「労」の視点から矢部史郎を批判していることは初めて知りました。むしろ、労働運動や階級問題について語らせる場を提供する立場にいたと認識していましたので、理解に苦しんでいます。
問題は和解で一端完結しても、問題が起こったこと自体が無くなるわけではありません。問題は、日々の運動や言論活動とつながっています。矢部の場合は整理解雇4要件とか関係なく「必要があれば解雇する」と発言し、その言論の中で自らの問題行為を肯定しています。そういう主張を持つ人間を不問、場合によっては容認する形で講師によんだフリーター全般労働組合には大きな疑問と不信を感じています。
また、矢部が「問題を起こしたことを反省してない」と平気で言えるような状況をつくってしまいましたし、そういう発言を問題化することなく、講師によぶことは当該に対する反労組的なセカンドレイプです。そのような労組を当該が嫌になって辞めるのは当然のことでしょう。
noiz 01:35 25/11/2011 パーマリンク
北条さん。あのときあなたから話をきいて、たしかにそれはおかしいと思ってわたしは矢部に発言撤回を求めました。ふだんの主張からしてそれじゃ矛盾してるじゃないかと批判したんです。でも結局、矢部の開き直りを修正させることもできず、あなたには力になれず申しわけないと電話しましたよね。「問題化」を具体化するならできる協力はするとしたものの、情けないけどいまのぼくではやりきれないと話をしたのを覚えていますか? たしかあなたは公開討論を望んでいたと記憶していますが。