デモは手段でもあり目的でもありうる
それをいうなら「デモをやるという目的のためには打ち出しはわりとテキトー(でもスローガンの「キャッチー」さについては考えている)」じゃないの。そもそもアナがどうとかって関係ないし、もう5年も前の話なのに流動する人々を固定しようとする徒労のラベリングに意味があるのかどうか。だいたい全員がそろって「われらアナキスト」みたいな強固な主体をうちかためたデモ組織者なんか幸か不幸かいまやこの日本じゃほとんど存在しない(まったくないとはいわんけどほとんど知られちゃいないし、「黙って非公然」についてはここでははしょります)。
で、デモはあくまで「なにかを訴求する」ための一手段だと思っているからそういう解釈にしかならないんでしょうが、デモをデモとして追及する(つまりデモを敢行することそのものが目的となるような実践)スタンスはがんじがらめの警察国家のもとではありうること。つまり「街路を奪い返すぞ」ということがほんとうに課題になってしまうわけです。ひところ打ち出された「路上解放」のスローガンについてなにを大げさな、あるいは転倒してるじゃんと思えるなら、それはたんに警察の街頭支配のありようを知らないからこそのもの。あるいは支配に屈服しててそれでよしとしているから。そーいう大方の状況は今もそう変わっちゃいないと思います。
かつて東京でイラク反戦運動なるものが「ピース」でうめつくされようとしたときに、一部のサウンドデモがそこからはみ出していくかたちで現れたのは、「え、なんで日本ってこんなに警察に支配されてんの? それにみんな屈服してるし……「(警察と)争い」を起こすほうが悪いみたいにいわれるんじゃ、勝手にやってるほうがいいよなぁ」という「実感」にもとづいていました。大同団結より、ひとつの突破をめざしたわけです。のれないところにはのれない。フリーライダーになるつもりもない。なら自分たちでやる。まるで神話のように語る手合いもいますが、サウンドデモといってもたかだかそんなもんだったわけです。
そういや、あのころ松本くんたちは「貧乏人大反乱集団」(パロディ的学生組織としての全貧連が機能しなくなりつつあったころの学外でのかれらの自称)として街頭に押し出してて、わたしらとはやや違うところで頑張ってたんですけど、やっぱり「ピース」な人々に嫌われていて、あまりに警察と衝突するので(でもわりと間合い読んでやってたはずなんですが)あるときたまたま共同行動で同舟せざるをえなかった Chance! の人らにボロクソにいわれたってなことがありました。もちろん「貧乏」はそのころから独自の活動への指向を示していたわけですけどね(大学内でやっていたことを街頭に持ち出した「駅前鍋」とかがそうで、のちのチャリデモとか家賃をただにしろデモとかはその転化とみていい)。「貧乏」の作風は他人のことはどこ吹く風なんで、口先だけをみるとどっちが「ピース」なんだか、という。
ああ、話がそれた。でまあ、素人の乱の松本くんは「アナ」を意識しているのは確かなことなので、その主体的な意識をもって「アナ系」(それにしても「系」って便利なものいいだよな~)といえるのかもしれないけど、高円寺ニート組合(チャリデモでの自称)を「アナ系」というのがふさわしいかどうか。「アナ」と決めつけられるのだっていやな人は多いはず。いまや松本くんのこの数年来の盟友である「乱」の各店主たちは自称「アナ」ですらないのは、みなさんよくご存知のとおり。え、知らない? じゃあ決めつけてんなよ。
Linda 21:20 25/08/2010 パーマリンク
>Chance! の人らにボロクソにいわれたってなことがありました。
Chance! の人らの人間性を疑いますね。WPN実行委も酷い。
noiz 00:06 26/08/2010 パーマリンク
まあいわれた方がたぶんどこ吹く風だし、罵言まるだしで喧嘩したっていいんじゃない?とも思うんだけどね。Chance!に違和感を感じたのは口先では「ピース」とかいいながら口悪いなおめーら(笑)というくらいのもんであって。かりに言われたのがオレだったら逆宣伝に使うところだけどね。腹黒いから。
WPNに関しては、こっちも当初は喧嘩腰で交通の機会をせばめたかな、という反省もあるんです(個人的に)。とはいえ、もちろん自分らが呼びかけた「ピースウォーク」の一部隊列(主催にとってあくまでよそ者)に被弾圧者をだしたってことに口を噤む態度は論外だと今でも考えるわけなんですが。
ただ、プラットフォーム拡大を最優先にすりゃ「共約」の範囲がゆるゆるになるのは当然だし、またそのゆるさにあきたらない人々との軋轢をうみだしてかえってギスギスする、だなんてこたー共同行動を「主催」する立場になりゃよく分かることながら、おうおうにして「敷居を下げるか」「指向を貫徹するか」の二者択一にはまりこむしかないのだけど、そうした二元論ではまるでがんじがらめになる現実の罠が待ちかまえている。……まるで凡庸な話ですまんことです(笑)。