くたばれ自己規制

へー。就活くたばれデモの関西版は「パレード出発時まで参加者募集」で参加費500円取るんだ。参加費はともかく、途中参加禁止つーのは……主催者はたぶん無事に終わらせたくて必死でパッチなんだろうけど、もうすこし度量ひろくてもいいよなこれ。不測の事態は想定しておくべきだけど、公然行動であらかじめすべてを把握・統制しようというのがどだい無理だから、心臓バクバクでも精一杯きばってもうちょっとノンビリとしたかまえでいけないものか。予測不能な行動をとる人間がまきおこす不測の事態のケリは自らつけてもらえばよくて、そーいうのも込みで、かつ放置で(笑)。届け出デモのはずなのに実質的に許可制にされちまってる地平からくみたてなきゃならん気苦労はよく分かるけど、警察の不当な規制に過剰適応するのはかなしい。無責任に暴れろと煽りたいわけじゃない。姿勢の問題です。

公安条例や道交法のあみをおっかぶせられて、それでも行動の自由を最大限確保しようともがくんじゃなきゃ、デモがもつ潜勢力は地表にあらわれる前にどんどん縮減されてゆく。なぜデモは実態として許可制なのか。なぜ無届けデモが非合法化されているのか(法律論からいえば無届けであっても合法性は一概に阻却されていないはずだけれど)。あらかじめデモの威力を封殺しようとする条例や法による規制そのものが弾圧ではないか。届け出デモは事前弾圧の限界のなかにあるのだと自覚しながら、過剰な自己規制方針は自分のクビをしめるだけじゃなく後続の阻害要因にもなるんだと認識するのでなくては、とてもじゃないけど「デモ」などとはいえない。規制はあとになってジワリジワリと効いてくる。その意味でデモはひとり主催者だけのもんじゃない。