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  • noiz 23:19   24/12/2011 パーマリンク | 返信
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    保坂正康『農村青年社事件』ようやく刊行

     
    • 久保隆 21:56   26/12/2011 パーマリンク

      かつて、彼(保坂)の『死のう団事件』に共感して、N氏とやっていた『天皇制研究』という雑誌に原稿依頼したことがあります。その時、意外にも本音を言わない人というのが、わたしの印象だった。紆余曲折して、ようやく、本音の場所に辿り着いたのではないだろうかというのが、わたしの期待です。noizさんには、ぜひ、某誌で、真正面からの書評をお願いしたいと思うのですが、どうでしょうか。ちなみに、わたしは、連載時、断片的に読んだだけで、いずれ、必要あって、しっかり読み通すつもりです。

    • noiz 22:47   26/12/2011 パーマリンク

      ぼ、墓穴ほってしまったかもしれません…(笑)
      年末読んで考えます。

  • noiz 22:41   03/01/2011 パーマリンク | 返信
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    年末のイタリアでの小包爆弾騒ぎ。報道では「非公式な無政府主義者連盟」のしわざとあるが、これは Federazione Anarchica Informale のことで、2003年から名前を知られるようになった行動グループ連合の(たぶん便宜的な)名称。略称がFAIなので、当初はイタリアアナ連(Federazione Anarchica Italiana)と間違われたりした。年の瀬のタイミングで、直接FAIとはからまないものの過去の闘争に関連する記事をまとめた特集の知らせがまわってきた。

     
  • noiz 17:48   07/12/2010 パーマリンク | 返信
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    おお、マゴーンの図書室ができている。

     
  • noiz 13:33   17/11/2010 パーマリンク | 返信
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    The Black Bloc Papers 

    ブラックブロックについては活動家が書いているペーパーあたったほうがいいかも。暴力/非暴力の二元論的な神話の粉砕にやくだつと思う。

    The Black Bloc Papers (PDF)

     
  • noiz 20:16   05/11/2010 パーマリンク | 返信
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    賃労働がおわらない。待機時間発生中だが帰れない。というわけで以下いきぬき。

    左翼共産主義がWikipediaに立項されてる。あれ、国際共産主義潮流もあるのか…ってとこで、もう誰が書いたのか分かっちまう、同志、元気?

    左翼共産主義の項目で人名がカタカナ化されていないのを補遺すると、

    Amadeo Bordiga アマデーオ・ボルディーガ
    Herman Gorter ヘルマン・ホルテル
    Otto Rühle オットー・リューレ
    Sylvia Pankhurst シルヴィア・パンクハースト
    Paul Mattick ポール・マティック

    マティックなんてほとんど紹介ないんじゃないの、日本では。ボルディーガ、ホルテル、リューレあたりは少しは知られているかもだけど。ホルテルの「同志レーニンへの公開書簡」は「左翼小児病」論を激烈に批判した小論で重要かなと(非ボルのコミュニストにとっては)。パンクハーストは女性参政権論でおなじみ。

    しかし綱領主義派のアナキストがこの潮流にもっとも関心を示してきた……というのは歴史の皮肉としかいいようがない。なだれをうって「権力を取らない」だのなんだのと今になってまたぞろほえだす元ボルシェヴィキ、おそいよ(それにこういう波って、ソ連が東欧支配のためにくりかえし侵攻したときや、東欧の人民民主主義体制とソ連が最後的に解体したときなどにあらわれてきたんで、またかという感じがする)。「またもや今さらアナキズム風味、でも党派的利益のためにアナキズムに宗旨がえしましたとはいいたくないボルもどき」の「対抗権力」論なんぞボルシェヴィキと同時代に存在してきた「左翼共産主義」諸潮流のなかでほとんどいいつくされてる。元共産党とJR総連革マルが一緒になって翻訳したホロウェイをありがたがって読むような季節はとうにすぎさってらぁというべきか。

    話が脱線しまくりだが書いとこう。ジョン・ホロウェイ『権力を取らずに世界を変える』を訳した大窪一志・四茂野修のうち、大久保は共産党をやめたクチ、四茂野はJR総連の理論担当、版元は同時代社。この同時代社は「新日和見」の川上徹が社主で、ボル系左翼に公調スパイ宮崎学やJR総連革マル親玉の松崎明をくっつける文化工作をこの数年やっている。世も末だ。JR総連革マルが「権力を取らずに」だと? 組合内部で権力とったからこそいまのJR東日本があるんだし、国会にも直系議員を送り込んでるのによくいうわ。「新日和見」で共産党パージされた人たちの一部も、つきあう相手よく考えたほうがいいんじゃないの。よけいなお世話だけど。

    さらに脱線。ネグリとかホロウェイあたりの非ボル的コミュニスト現代思想風味な人々の著作をもてはやすなら、上記の「左翼共産主義」の人らのものや、Wikipediaの上記項目では言及されていないジョンソン=フォレスト潮流(C. L. R. ジェームス、グレイス・リー・ボグス、ラーヤ・ドゥナエフスカヤら)や、分裂時の一方の組織である「現実に対峙する」(Facing Reality)グループの理論的作業をふまえたほうがいいような。とくに後者はフランスのカストリアディスらとの交流があって、トロツキストから出発してオートノミスト的なコミュニズム、もしくはリバータリアン・コミュニズム(絶対自由共産主義という訳語はあまりうまくないが、そういう感じ)に行きついている。じつはイタリアのアウトノミア連中はこのながれとも無関係ではないんだよね。

    しかし……参照するのはいつも欧米という理論帝国主義問題、どうなのよ。

     
    • 攝津正 01:44   13/11/2010 パーマリンク

      インテリパンクさんだったか、RLLの人に勧められてジョン・ホロウェイ『権力を取らずに世界を変える』読んだけれど、これじゃあ、と思った。「叫び」から始まる、とかいってもねえ。いや別に展望なくてもいいんだけれど、どうやって、どのように世界を変えるのか、なんの見通しもないように思えた。それが率直な読後感。どこがいいのかさっぱり分からん。理論帝国主義問題はねえ、根深いねえ。だけど、今更吉本隆明とかいうのもそれはそれで問題あり過ぎる気がする。

  • noiz 11:31   28/07/2010 パーマリンク | 返信
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    電子書籍をめぐる一連の発言になるほどと思わされる前田年昭さんの、「アメリカ発電子書籍ブームに胡散臭さを私が感じるのは,歴史的視座を欠いたまま,“新しい歴史,いまここから”とでも言わんばかりの物言いゆえだ」という指摘に、はっと思うことあり。

    以下は我田引水で前田さんには申しわけありませんが、アメリカの一部アナキスト(いわゆる「新しいアナーキスト」の知識人)たちの議論の提起のしかたって、まさに歴史を切断するプレゼンだったりするんですよね。意地悪ないいかたとすると、それはたんに自己販促活動でしかない。たとえば「新しいアナーキスト」の代表的論客と目されているデヴィッド・グレーバーにしても、つねにまともな議論をしていると思ったら大間違いです。『VOL』誌のインタヴューで語った「ブラックブロックは非暴力的」という主旨の発言ははっきりいって歴史の切断どころか捏造ですらある、といったあんばい。またグレーバーが「新しいアナーキストたち」(『現代思想』2004年5月号所収、英語原版は The new anarchists, New Left Review No.13)で語った、「小文字のアナーキスト」(=「新しいアナーキスト」)と「大文字のアナーキスト」(=「セクト主義者的アナーキスト」)の対比のさせかたにも詐術があって、「新しいアナーキスト」の表象としてグレーバーがとりあげるブラックブロックのなかにさえ、「大文字のアナーキスト」(もしくは「新しくない=古いアナーキスト」)は存在してきました。これは北米出身のアナキストの活動者に確認したことですが、グレーバーが「新しいアナーキストたち」で参照している反FTAA闘争においても、かれが sectarian Anarchist と描出した NEFAC(北東アナキスト・コミュニスト連盟)に結集する諸グループの活動者がブロックないしCLAC(反資本主義者結集)のなかに(個々に)合流していたという現実は、グレーバーの議論が自らの立論に都合よく「現場」を素材として利用し、実態を無視したものであることを示しています。で、なんでこんなことするかと考えるに、たとえ無自覚にであるにせよ、他をおとしめて自分をおしあげようとする魂胆があるからなんじゃないの…という疑念があたまをもたげてくるわけです。大学教員のいうことだからとありがたがってもはてはやす知識人指向の諸君、自己点検しましょう。

    cf.
    セクタリアンと決めつけられてぶちきれたNEFACのウェイン・プライスの議論
    Fragments of a Reformist Anarchism
    The Two Main Trends in Anarchism

    ※グレーバーを改良主義者とラベリングするプライスの態度はたしかにセクト主義的ですが、先にきめつけたのはグレーバーだ、という背景を理解しないとこうした激しい批判が出てきた意味をつかみそこねるでしょう。

     
    • 攝津正 Tadashi SETTSU a.k.a. "Linda" 21:17   25/08/2010 パーマリンク

      「大学教員のいうことだからとありがたがってもはてはやす知識人指向の諸君、自己点検しましょう。」はい。ところで、今読み終えたのですが、noizさんが指摘されているような大学人としての限界もありつつかなり面白いと感じました。歴史の捏造は良くないけれどもね。ああ、私もまた、あなたがたのアナーキスト「類縁グループ」に復帰したいです。でも、自分ブログにも書いたけれど都内まで出る交通費がないんですよね…。それより根本的に思想が反動的ではないかという批判もありそうですが(笑)。

  • noiz 12:12   17/06/2010 パーマリンク | 返信
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    ZACFコミュニケの翻訳。これまたIさん訳。ワールドカップくそくらえ。

     
  • noiz 02:26   13/06/2010 パーマリンク | 返信
    タグ: アナルキイスモ, 移民   

    だいぶ前にメモったポーランドでの移民露天商虐殺の件、ZSPが出した抗議声明の翻訳をIさんがよせてくれた。ここのところ国際的なアナニュースの翻訳でお世話になりっぱなし。

     
  • noiz 01:55   13/06/2010 パーマリンク | 返信
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    ワールドカップ打倒を叫ぶ南アのザバラザ・アナキスト・コミュニスト戦線の声明。金儲けのためにナショナリズムをあおるFIFA粉砕!

     
  • noiz 00:04   07/06/2010 パーマリンク | 返信
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    愚童を知り、恥を知ること 

    わたしが内山愚童を敬慕するのは、ひとえにその行為の性質による。数少ないかれじしんの言葉は、職責への順応の経験からくるのか啓蒙家的なよそおいがあるけれども、読む人にくらいつこうとする熱意に満ちあふれていることは容易に読み取れる。しかもその熱意は、秘密出版のための活字と印刷機の入手と秘匿、そして孤独な組版と印刷・製本といった行為によってかたちを与えられたものだ。行為じたいはいかにも孤絶したかれひとりだけのものである。しかしその行為は決してかれひとりの満足のためになされたのではないところが重要なのだ。つまり共有の契機をつかみとろうとする執念深さがそこにはひそんでいる。
     パンフ『無政府共産』はじつに読みやすい文章だ。これを読みにくいというのは後世の口だけインテリどものわがままでしかなく、誰にでも内容を把握できる構成からして『無政府共産』は出色のプロパガンダである。同時代の主義者たちのアジプロが空中を浮遊しつつ有意の「青年」を獲得する可能性を秘めていたのに対して、愚童和尚の檄は一見したところ高見からの説教のようにも見えるが、底辺者として生きようとしたもがきのなかから発せられたところに真髄がある。啓蒙家的な口吻(こうふん)はむしろ便法にすぎない。

    今の政府を亡ぼして、天子のなき自由國にすると云ふことが、ナゼむほんにんのすることでなく、正義をおもんずる勇士のすることであるかと云ふに、今の政フの親玉たる天子といふのは、諸君が小學校の敎師などよりダマサレテおるような、神の子でも何でもないのである。今の天子の先祖は、九州のスミから出て、人殺しや、ごう盗をして、同じ泥坊なかまのナガスネヒコなどを亡ぼした、いはゞ熊ざか長範や大え山の酒呑童子の、成功した[も]のである。

    との愚童の激しいことばは、坊主という寄生者としてありながら底辺ではだかの人々とともに生きようともがきつづけた姿勢に裏打ちされている。そしてそれは、貧乏寺の住持として貧しき檀家たちのゆくすえを常に案じたであろう坊主にしてこそ書ける文章だった。つまり愚童の文章は、かれ単独のものではありえなかった。没落する小前百姓(小農)とともにあろうとするからこその、ある時代の、ある階級の精神の表出としての意味があったはずなのだ。擱筆(かくひつ)したのはもちろん愚童だが、その背後には生活に呻吟する圧倒的多数の人々の苦しみがすけて見えるようではないか。

    それにしてもなぜ人は自らのことばを自らの手柄としてのみ誇示し、かつ販促してことたれりという態度をとるのか。なぜ私有の態度にまみれただけの言説空間をありがたがるのか。せせこましい世界のなかでの批評に終始するだけの行為を「闘い」などと粉飾してトンコし、自らを唯一者と過剰に意識するおのれの無聊(ぶりょう)をなぐさめるばかり──そんなところに変革の道筋など毛ほどもない。みみっちいイスとりゲームへの参入と権威主義への拝跪(はいき)があるだけだ。
     売らんかなの啖呵売にはしり、そしてでっちあげの言論世界でのヘゲモニー獲得を夢想する行為はいうまでもなくクソである。しかもただ私的であるだけのクソ。クソの拭き取り紙ほどの役にもたたない。「わたしのものはわたしのもの」と宣揚して恥じることのない私的所有に毒されたたわごとは、いくらたばになっても一つの行動に劣る。
     テロリスト愚童の真髄はことばだけでは推量できない。かれのことばは行為とだきあわせとなって初めて意味をもつ。共有のためにこそ秘密出版のかたちをとらざるをえなかった愚童の紙つぶては、まさに天皇制打倒をはるかに望むテロルとしてあった。このテロルは未完の単独行として処理されがちではあるが、たしかに同志たちに共有されていたものにほかならない。愚童にとっての「大逆」事件の意味はこれだけである。そうして「言論」自足の閉鎖空間にたてこもろうとする者たちこそが、まっさきにこの「大逆」の意味に撃ち抜かれるのだ。われわれは恥とともに生きねばならない。われひとりのものではなく、われわれのものとしてクソを排泄しなおさなければならない。

     
  • noiz 11:45   04/06/2010 パーマリンク | 返信
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    無政府共産 

    無政府共產と云ふコトが意得せられて、ダイナマイトを投ずるコトをも辭せぬといふ人は、一人も多くに傳道して貰ひたい。

    大逆事件で刑死した内山愚童のことばである。同志が赤旗事件で弾圧され監獄送りにされたあと、愚童がひとりでつくったパンフレット『入獄記念 無政府共產』の末尾に記されている。愚童じしんが自坊のなかで少ない手持ちの活字を拾って組んで極秘裏に一〇〇〇部刷り上げたのだ。出版法をかいくぐるまさに怨念の出版。愚童和尚が大逆事件で縊(くび)り殺されるのはそののちのことである。

    これでも「大逆」の人々を「復権」させるべきだというなら、このテロリズムへの意志ももれなく承認しなければならない。つごうのよいところばかりつまみぐいしたつもりになって、それですむと思うなら好きにやるがいい(おまえじしんのことだ)。だが、ひとたび放たれたことばは誰にも止められない。入獄記念、無政府共産!

     
    • noiz 12:23   04/06/2010 パーマリンク

      なお、青森・五所川原の金木山雲祥寺(愚童和尚とおなじ曹洞宗)の住職である一戸彰晃さんが『無政府共產』を再復刻しておられる。現物を所持する柏木隆法さんがかつて復刻したもののさらなる復刻(500部)。ひょっとしたらまだ残っているかもしれないので、興味のある方はといあわせたらいかが。なお、AAMJのネット公開版はいくらか補訂しているので復刻ではなく翻刻です。

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