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  • noiz 21:24   01/12/2011 パーマリンク | 返信
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    職業訓練と生活保障の拡充は雇用保護規制緩和とひきかえ。「労働市場」あるいは「雇用政策」におけるフレクシキュリティ(flexicurity)とはそういうことである。生活・雇用の安全保障のためにはクビにしやすい、つまり柔軟な雇用環境・制度が必要とされる。そしてその柔軟とやらがパイ(労働市場)の拡大に貢献するとされる。この「現実」においては、社会保障の前提として稼働能力の有無が問題とされる(今でもほとんどそうだが)。されるされる。ああ。

     
  • noiz 12:42   29/10/2011 パーマリンク | 返信
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    がくろう神奈川の反弾圧声明、レイバーネットに掲載されたのか。このタイミングで2年半も前のことをむしかえして公安警察が労使関係に介入してくるとなると、民主党政権の人勧実施見送りと一体となった公務労働者への攻撃強化としか思えない。弾圧ひどすぎる。

     
  • noiz 13:43   01/10/2010 パーマリンク | 返信
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    労組加入通知書・団体交渉申入書に「バーカ」と書いてわざわざFAXしてくる(!)経営者って、経営に向いてないような気がする。しかしこのように自分で自分のクビをしめる経営者が世の中にゴマンといる現実。独裁経営者(「ワンマン」って和製英語だと男だけしか捕捉できない…)は労組法違反・不当労働行為もどこ吹く風。そういうわけでかれ・かのじょらは労働争議を自らまねきよせる。

     
  • noiz 11:17   04/08/2010 パーマリンク | 返信
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    ダイアモンドの合同労組に対するなまくらな風評攻撃に読める記事に対するShiraishiさんの寸評。おれこのダイアモンドで記事書いたやつ、でっちあげで書いてんじゃねえのとしか思えないんだよね。いくら「社外労組」(合同労組)ったって当事者抜きの団交なんありえないし、団交要求→経営側応じず(不当労働行為)→争議という労組法を盾にした手続きをふまずにいきなりカチコんでいきがるなんて刑事弾圧(建侵)の口実を与えるようなもんだし(労組法ぬきにして行動することじたいは悪くはないのだが)、というのはShiraishiさんの評価と同様。被弾圧の可能性を考えながらもあえて集団でさまざまな行動をうつのも労組の「仲間集団」としての任務ではあるけど、それにしても効果的なやり方を考えるわけじゃん。で、さらにいうと、だいたい一人でのりこんで弾圧くったら初動の救援だって遅れまくるにきまってんだし(まず丸一日は遅れる)、この記事ほんとに「社外の労働組合」取材してんのか疑わしい、とこうなる。

     
  • noiz 12:34   26/07/2010 パーマリンク | 返信
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    北原みのりという収奪者 

     「実際に働いている人がほとんどいないのに「セクハラ反対」とか言っているキャバクラユニオン運動とか」と北原みのりが口走っている。ところが当該労組・分会のブログでは、団交や団交による解決についてなどの報告がなんども公表されている。当事者(=「実際に働いている人」もしくは「働いていた人」)のいない団交などありえない。そのことは労組に尋ねるまでもなく、インターネットにアクセスしてちょちょいと検索すれば確認できる。つまり、キャバクラ業界ではないにせよ自らも経営者である北原の妄言は、「キャスト」(「キャバクラ嬢」)らが当事者の労働運動に敵対するものと見なされてもしかたがない。
     こうした虚言の意図するところがどうあれ、「女性と貧困の問題や労働問題はものすごく深刻だと思うけど、一般人からしてみれば、問題の深刻さに共感を持ちようもない内向きな左翼運動のお祭りにしか見えず、なんだろう、と思った」と放言をつづけるあたりはぶざまというほかない。問題を抱えこまされて相談に訪れる当事者をすっとばして、まず「一般人」を僭称して高見から罵言を浴びせる態度はなにを意味するのか。「一般人」をかくれみのにしたつもりで、自らの主張をおりまぜる手法は単に姑息だ。北原の主張は北原のものであって、「一般人」のものではない。また経営者相手に団交をぶつけ、労働問題の「解決」の糸口を見出そうとすることじたいには「左」も「右」もないのに、つまり労働運動には「左翼」も「右翼」も(「中間」も)存在するのに、「キャバクラユニオン運動」を先験的に「左翼」と決めつける拙速も鼻につく。
     「お祭り」というからには、北原には「運動」の表層をちょっと眺めてみる機会があったのかもしれない。キャバクラユニオンはデモをうったりしているからだ。そのデモに参加したのが圧倒的に「男」であってみれば、溜息の一つも出よう。そういう様態にならざるをえないのにあえてそうする押しだし方、つまり宣伝戦略・戦術にまたがる批判もありうる。しかし労働運動もしくは労働組合の本来の活動は経営者との争闘である。キャバクラユニオンも例外ではなく、もちこまれる相談に応じて数々の団交に取り組んできたことは前述したとおりだ。労働運動においては、実際の労働問題(=経営問題)に対する日常的な活動があってはじめてキャンペーンもまた打ち出されてくるのであって、その逆ではない。
     キャバクラユニオンが3月にデモったとき、「業界改善」という「左翼」には微温的ともとらえられるだろうスローガンがかかげられていた。これは、相談や団交をつみかさねるにしたがい、「夜の常識」(キャバクラ経営サイドが吐いた実際のことば)に直面した労働組合がやっとはきだした恨み節でもあった。それだけ「常識」が無法地帯にある現実を今さらながらに訴えなければならなかったわけだ。裏をかえせば、「キャスト」(「キャバクラ嬢」)といえば華やかな高給取りという偏見がまかりとおる「世間」に対し、労基法がけしとぶような衝撃的な「常識」を改めてつきつけていく手法としてデモが選択されたともいえる。しかもデモコースに東京の新宿・歌舞伎町周辺が選択されたことの意味には、この「夜の常識」による支配が貫徹する世界への挑戦が含まれていたと見るべきだろう。
     話を戻そう。労働運動あるいは労働組合への「運動」批判とは、行動やらキャンペーンやらをうちだす主体のありかた、つまりその自己組織化のありようを深く切り広げるような射程をもったものでなければならない。組合という集団のなかで性差別があるならこれと闘うのは当然のことだ。運動体に内在する問題への批判と格闘は、当然すぎるほど当然のことではないか。しかし現実にはそれさえもが困難なことがままある。「男」が組合を領導しがち、そのとおりだ。「男」が場を規定しがち、そのとおりだ(ただしキャバクラユニオンの母体であるフリーター全般労組の執行委には複数の「女」が含まれており、「男」だけでものごとを決定しているわけではく、またキャバクラユニオンの分会長にあたる立場の人間もまた「女」である)。そうした状況を打破するために「女」だけの労働組合が結成されたりもする。だからこそ外在的な批判の意味もまたあるのだ。だが北原のように「左翼男の運動」と決めつけた先に、具体的な批判が展開されなければまるで意味をなさない。
     批判すべきことがあるなら、自らの立場によって、具体的な事実にもとづいて批判すればよい。キャバクラユニオンのここが問題だと具体的に指摘したうえで、普遍性をもたせた議論につなげていくのもよいだろう。しつこいようだが、北原のような「一般人」を代理表象する語りでは建設的な批判の応酬は喚起できない。「一般人」を利用する北原は「私は、女の運動に男はいらないって思っているし、男と仲良くやれるフェミ運動なんて嘘でしょって思っちゃう」などともいってみせている。しかし北原がそういうために槍玉にあげたもののうち、すなくなくとも「キャバクラユニオン運動」は素材として利用するにはあまりにも的外れだ。
     北原が口にする「フェミ運動」がどういうものなのかが不明ではあるが、「男はいらない女の運動」では、キャバクラ業界での労働運動は逼塞せざるをえない。業界に従事するのは「女」だけではないからである。悪質業者にふんだくられ、有形無形の暴力をふるわれ従属させられているのは「キャスト」のみならず、「ボーイ」などもまたそうなのだ。ヤクザやチンピラなどが経営母体として控え、構造的な暴力支配が貫徹する労働現場で苦杯をなめさせられているのは「女」であり、「男」である(そのどちらも指向しない人間「X」も現場にいるだろう)。必要なのは、「女」と「男」と「X」が労働現場において重層的に対立させられる構造そのものに、少しでもクサビを打ち込もうとする階級的な思考と行動だ。
     もちろん業界当事者の大多数が女性であることはまちがいない。その意味では、「女」が「女」として決起する必要性は痛烈なまでに要求されねばならない。しかしそれは内発するものとしてでなければならない。「分かったつもりの人」が外部注入ばりにえらっそーに教説をたれてみたところでなんの意味もない。しかしまた当事者が労働者としてたちあがろうとするときに、その力ぞえに結集しようとする人々の「資格」要件として性別が問われる必然性はない。「資格」について問うなら、労働者意識があるかどうか、相互扶助に賛同できるかどうか、これだけだ。むろん性差別者は論外だが、差別者・被差別者の自覚なきままに生きのびてきた人々どうしの討議の場は確保されなければならない(この意味で労組の課題は多いといえるだろう)。ことは「労働者の運動」なのだ。「女」も「男」も「X」も、労働者として存在する場がある。多数・多様によって非道な経営に対峙する「力」をたくわえようとするとき、置かれてきた環境の違いはあれど、その異同を異同として認めつつも協力してことにあたろうとする人々がいる。なぜそこに「女」と「男」の分断線を投げつけるのか。しかも語られるのはただ「女」と「男」だけだ。
     北原みのりはキャバクラ業界における労働実態の深刻さにつゆほどもふれようともせずに、「キャバクラユニオン運動」を引き合いに出しながら「フェミは女で十分」と語る。アホである。「フェミは女で十分」との口吻をアホと決めつけるのではない。その主張をみちびくために利用した対象について、なんの関心も持っていないことを自ら暴露するザマをアホだというのである。北原は単に「左翼はダメだ」「左翼男はダメだ」という自らの主張を押し出すために、見当違いの素材として「ユニオン」を利用し「キャスト」たちを利用した。わたしはこれを意味の収奪と呼ぶ。

     
    • noiz 18:16   26/07/2010 パーマリンク

      昼休みを利用して勢いでここまで書いたが、こんな記事もあるっていまきづいた(笑)。経営者視点による「セクハラいうならもっとプロ意識もてや」話か? おおくの現場じゃそれ以前の無法地帯だってことがやっぱりわかってない。

    • 失業者も 20:03   26/07/2010 パーマリンク

      拝読しました。その通りだと思います。特にこの一文。「人々の「資格」要件として性別が問われる必然性はない」。性差別に反対する男性も一緒につながりながら運動をやっていくべきだし、北原さんはいわゆる分離主義者なんでしょーか。まあそれが必要なときもあるけど、それでは展望は見えないでしょうね。X(トランスジェンダー)も触れられてないし、北原さんはインパクションのフェミニズム特集でも「日本人としての女」という立場をほとんど語っていなかったので、思想的にもイマイチですね。あんまり差別を複合的にとらえる視点もないし。
      あと労組は労働者だけじゃなくて失業者の運動も含めてやったほうがいいと思います。失業者の居場所としての機能もあるというか。

    • noiz 02:31   27/07/2010 パーマリンク

      北原さんの平素からの主張は知らないので、うまくお返事できません。ただデマはデマだとしとかないと、キャバクラ関係の団交・争議などで奔走している当事者や支援の組合員が風評被害にあうだけだと思ってあえて書きました。じゃデマ政治だって一言すればすむじゃん!てな話ではあるんですが、ついつい長くなるのはご愛嬌ってことで(自分でいうか)。しかしなんだってすぐにバレるようなウソなんかつくのかな。

      労組は失業者としての運動も担うべきでは、との提起はそのとおりかと思います。なおフリーター全般労組では相談に来た人が窮迫していた場合は、生活保護の受給手続きの支援もしています。ただ組合の本義は闘争機関たるところにあると考えているので、居場所論にはノーコメント。あしからず。

  • noiz 10:52   22/07/2010 パーマリンク | 返信
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    コルト・コルテック労働者の遠征団がまたくるぞー。ビラの裏面も見たけど、やっぱり作り手の個性って出ますね。

     
  • noiz 13:04   25/06/2010 パーマリンク | 返信
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    逃げられると思うな 

    「リニューアル」を息巻いていたアウトバーン製『remix』は実質的に死亡したまま「アウトバーンの諸事情のため」「休刊」(発売元の文芸社より、6月14日付)。文芸社もブランド力があると思って発売元になっただろうに、発行元の社長が賃金未払いの問題経営者として責任追及されっぱなしじゃたまんねーてとこだったんだろう。責任分与させられたらたまらんとな。でも発行元責任は当然ある。

    それにしてもアウトバーン社長の神山鐘和は労働者に賃金払わずに逃げたまま。ただし他社─グリーンプラス株式会社で役員やってるけどな(木村企画に出してた名前はひっこめた)。つぶやくヒマももっているらしい。ふてぶてしいってのはまさに神山みたいなのをいう。

    おれがこうしてしつこく取り上げるのも、「パンクスあがり」とか自称してるあたりにも理由がある。「あがり」とうそぶく根性もきにくわねえが、「元パンク」だからなんだってんだよ。ただの卑怯な経営者に「なりあがる」ために、「パンクやめた」んだろ。そんなもんは元からパンクでもなんでねえ。ただのファッション。ファッションで元パンク自称して、経営ごっこして、てめえのいうことなすことに責任もたねえから、こういう事態になってるんだよ。争議団のサイトやこちらの旧ブログにはしょうもないコメントがわいてるが、労働債権はなににもまして優先される。地獄の底までいっても逃げきれるもんじゃない。

     
    • みっちー 16:00   15/05/2011 パーマリンク

      アウトバーンを倒産に追い込んだ素人バカ勘違いなりきり社長の神山は逃げ切ったの?
      争議団サイトは更新もなければ活動もしていないようだけど。

  • noiz 21:04   14/06/2010 パーマリンク | 返信
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    結局、小林議員辞職。「戦闘的」だったはずの組織されたプロレタリアートが抵抗らしい抵抗もせずに敗北主義を選択。そうして待ってましたとばかりに道教委が「ひのきみ」での攻撃のかまえをみせる。(たぶんすんなりいかないけど) 分りやすすぎ。

    さよならさよなら 親方日の丸、さよなら!

     
  • noiz 14:17   09/06/2010 パーマリンク | 返信
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    6/13山谷ミニツアー+共同炊事のお誘い。むー組版仕事と某ビラレイアウトなどつみのこしてて、行けるかどうか。日雇・野宿労働者運動の歴史に関心あるかたはどうぞ。歩いて見て知るという行為はだいじです。行動は事実からはじめる、なんて。ちなみにリンク先の写真に出ている山谷の旗、横セパレートの赤黒デザイン。じつはこれサンディニスタ(FSLN)のと同じデザインです。でも「赤」と「黒」ってもじどおりの意味(謎)だろうけど。

     
  • noiz 11:56   08/06/2010 パーマリンク | 返信
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    sabocatを搾取するフテエやつ 

    革命的サンディカリストの組合である IWW のマスコット sabocat の意匠を着込んでおきながら、給与未払い問題から逃亡しまくるremix誌(アウトバーン社)のゴタゴタについて「一概に経営者が悪いとも言えないよ」とつぶやく Tatsuya Hayashi は賃金労働者バカにしてんのか。労働債務の精算を一番あとまわしにするような、というか精算しないで逃げつづける経営者は「悪い」にきまってる。もちろん景況によっちゃ賃金遅配になるほど経営がキビシくなることなんかいくらでもあるだろう。零細じゃ、そんなの日常的な状況だ。それなら労働者に情報を開示して可能な限りの経営努力を行いつつ「不利益」なお願いをするのが筋ってもんだ。そういう誠実さがあるなら、雇われて働く側にしたって気持ちの問題はおいとくとしても経営側の相談にのらんこともないだろう。ってか人情としちゃそういう状況じゃ経営に協力するもんだろ。労働者ってのはなぁ、弱ってる人間にゃトコトンお人好しになる心意気をもって義理人情の世界で生きてんだ。ところがremixを「リニューアル」させた神山社長は未払い賃金残したままトンコしてる。印刷費とかは精算してんのに。対法人ならヒッシこくのに、生身の人間はどうでもいいって対応。労働者なめてんだろ。人間なめてんだろ。この事実は経営状況のキビシサをどう擁護したって変わらねえ。たぶんHayashiは「経営体制の変更」「編集部パージ」にいたる経緯でなにかいいたいんだろうけど、かりにその経緯のなかでいろーんなことがあったとしても、それでも働いた分の賃金払わなきゃダメだってアタリマエのことがなんでわからないのか。自分が働いた分のペイがなかったらどんな気持ちになるか、ちったぁ想像しろよ。それとも奴隷労働OKといいたいのか。経営者メンタリティすりこまれってやつか。そんなんだったら sabocat しょってんじゃねえよ。sabotage cat の意味わかってんのか。sabotage だぞ。経営(ボス)がなめたまねしたらサボるってんだよ。黙ってヤラれっぱなしじゃいねえぞってのが sabocat の心意だ。わかってねえから見た目だけであこりゃいいやと使ってるんだろうが、cat をまとったとたんおまえは革命的サンディカリストかアナルコ・サンディカリストだって宣言したんだとみなされるんだよ。どうよ、サンディカリストとして労働問題、いや経営非道問題について考えなおしてみないか。

     
  • noiz 13:41   28/05/2010 パーマリンク | 返信
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    労働にあけくれつつ、なんどでもメモろう。ポール・ラファルグ「怠惰への権利(怠ける権利)」。ポール、きみの主張にはまったく感心させられる。そうなのだ。労働のまえに人生があるのだ。しかし悲しきプロレタリアは空腹のために労働力商品(ときとして自分自身)を切り売りすることにのみ意識を支配される。わたしもそのひとり。ひるめし行ってきまーす。

     
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